ツール移行の前にやるべき「データ構造の棚卸し」— 11テーブルのうち実体は2つだけだった話
この記事のポイント
ツール移行で最初にやるべきは、新ツールの設定ではなく「今あるデータの構造を棚卸しすること」。ある営業会社のノーコードDB移行案件では、11テーブルのうち実体テーブルはたった2つ。残り9つはフィルタービューだった。構造を把握せずに移行すると、不要なテーブルまで再現してしまい、工数が3倍に膨らむ。
先日、ある営業会社のCRM移行プロジェクトを支援した。ノーコードDBで運用していた顧客管理を、別のCRMに移行する案件だ。最初にDBの中身を見せてもらったとき、テーブルが11個並んでいた。「これ全部移行するんですか」と聞いたら、「はい、全部使ってます」と。
ところが、1時間かけて構造を調べたら、実体のあるテーブルは2つだけだった。残り9つは、同じデータを別の切り口で表示しているフィルタービュー。これを知らずに移行を始めていたら、9つの不要なテーブルを新ツールに再構築する無駄が発生していた。
実際のデータ構造:11テーブルの正体
このDBには、担当者700件超、企業450件超、代理店数十件のデータが入っていた。テーブル名を一覧にするとこうなる。
| テーブル名 | 種別 | 件数 | 列数 |
|---|---|---|---|
| 営業担当者 | 実体テーブル | 700件超 | 35列 |
| 取引先企業 | 実体テーブル | 450件超 | 16列 |
| 【成約】配信案件管理 | フィルタービュー | 担当者テーブルの成約フィルタ | |
| 代理店名 | フィルタービュー | 企業テーブルの代理店フィルタ | |
| カンファレンス | フィルタービュー | 担当者テーブルのイベント経由フィルタ | |
| メール反応あり | フィルタービュー | 担当者テーブルのメール開封フィルタ | |
| KPI_Week | フィルタービュー | 担当者テーブルの週次KPIビュー | |
| 他4ビュー | フィルタービュー | ステータス別の表示切り替え | |
見ての通り、データの実体は「営業担当者」と「取引先企業」の2テーブルだけ。残り9つは、同じデータに対して条件フィルタをかけた「見え方の違い」にすぎない。ノーコードDBのビュー機能を使って、営業チームが用途別に表示を切り替えていたわけだ。
リレーション構造:1企業 : N担当者
2つの実体テーブルの関係はシンプル。1つの取引先企業に対して、複数の営業担当者が紐づく1:Nのリレーション。取引先企業450件超に対して、担当者700件超。平均すると1社あたり約1.6人の担当者がいる計算になる。
データ構造のサマリ
取引先企業(親):450件超 x 16列 — 企業名、業種、所在地、代理店区分など
営業担当者(子):700件超 x 35列 — 氏名、連絡先、営業ステータス、接触履歴、成約情報など
リレーション:企業ID → 担当者.企業ID(1:N)
営業活動の単位は「担当者」。アポを取る、メールを送る、提案する — これらは全て担当者レベルのアクション。一方で、契約や請求は「企業」単位。この構造を理解せずにツールを移行すると、担当者と企業のデータが混在したフラットなテーブルを作ってしまう。
棚卸しの手順:3ステップで構造を把握する
ステップ1:テーブル一覧を書き出して「実体」と「ビュー」を分類する
まず全テーブルを一覧にして、それぞれが「独自のデータを持っているか」を確認する。判定基準は単純で、「このテーブルを消したら、他のテーブルには存在しないデータが消えるか?」。消えるなら実体テーブル、消えないならビュー。今回の案件では、この作業に約30分かかった。
ステップ2:実体テーブルの列を全て書き出して、移行要否を判定する
実体テーブルが特定できたら、次はその列(プロパティ)を全て書き出す。今回の「営業担当者」テーブルは35列あった。この35列を1つずつ確認して、移行先に持ち込むかどうかを判定する。
列の分類基準
必須(移行する)
現在の営業プロセスで日常的に使っている項目。氏名、連絡先、営業ステータス、最終接触日など。
任意(移行するが優先度低)
たまに参照する項目。過去のキャンペーン参加履歴、初回接触経路など。
不要(移行しない)
使われていない項目、計算で再現できる項目、旧ツール固有の管理項目。
今回の案件では、35列のうち「必須」が18列、「任意」が9列、「不要」が8列だった。不要と判定した8列には、旧ツール固有の自動採番IDや、過去に一度だけ使ったキャンペーンフラグなどが含まれていた。
ステップ3:営業ステータスの定義を文書化する
データ構造の棚卸しで最も重要なのが、実は「ステータスの定義」。今回の担当者テーブルには営業ステータスという列があり、選択肢が8つ設定されていた。ところが、各ステータスの定義(どの条件を満たしたら次のステータスに進むか)が明文化されていなかった。
「アポ取得」と「商談中」の違いは何か。初回アポの段階で「商談中」にしている営業担当もいれば、提案書を出すまで「アポ取得」のままにしている担当もいた。この定義のブレは、旧ツールでは「なんとなく運用」で回っていたが、新ツールに移行するタイミングで必ず問題になる。
ここが落とし穴
ステータス定義が曖昧なまま移行すると、新ツールでも同じ曖昧さが引き継がれる。移行は「定義を揃えるチャンス」でもある。このタイミングで営業チーム全員と30分のすり合わせをするだけで、移行後のデータ品質が大きく変わる。
棚卸しをやらないとどうなるか
棚卸しをスキップしてツール移行を始めた場合、典型的には以下の3つの問題が起きる。
問題1:フィルタービューまで再構築してしまう
11テーブルを全て移行しようとして、9つのビューを新ツールで1から作り直す。本来不要な作業に2〜3日かかる。しかも新ツールにはビュー機能があるので、データさえ入れれば後からいくらでも作れる。
問題2:不要な列まで移行して項目が膨れる
35列を全て移行した結果、新ツールで「この項目何?」という列が8つ残る。入力する側も「どこに何を入れればいいかわからない」状態になり、データの入力率が下がる。
問題3:ステータス定義のブレがそのまま移行される
旧ツールで曖昧だった営業ステータスの定義が、新ツールにもそのまま持ち込まれる。移行直後から「このステータスの意味がわからない」という問い合わせが営業チームから上がる。
まとめ:移行の8割は「設定」ではなく「棚卸し」
ツール移行のプロジェクトで工数を見積もるとき、多くの人が「新ツールの設定」に時間がかかると思っている。実際にはそうではない。時間がかかるのは、今あるデータの構造を理解し、何を移行して何を捨てるかを決める「棚卸し」の作業だ。
今回の案件では、棚卸しに半日、実際の移行作業に1日。棚卸しをせずに11テーブル×35列をそのまま移行していたら、移行作業だけで3〜4日はかかっていた。しかも移行後に「この列いらなかった」「このテーブルはビューだった」という手戻りが発生する。
新しいツールの機能を調べる前に、まず今のデータを全部テーブルに書き出して、「実体」と「ビュー」を分ける。それだけで、移行プロジェクトの見通しが一気に良くなる。
泉 款太(いずみ かんた)
株式会社SalesDock 代表取締役
慶應義塾大学法学部卒。スタートアップ、ラクスル、リクルート(SUUMO)を経て2025年に独立。 不動産・製造業・クリニックなど現場産業向けのAI業務効率化コンサルを提供。 30社以上の中小企業のAI活用・業務改善を支援。
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