与信限度額の決め方|既存の売掛データだけで取引先ごとの枠を置く手順
分母を売上ではなく「飛んでも耐えられる額」に取る
掛売りの相手が20社を超えたあたりで、いくらまで出していいのかを誰も決めていないことに気づく。営業は受注を止めたくないし、経理は入金を待つしかない。決めていないので、結果として一番大きな残高を抱えている相手が、一番よく分かっていない相手になっている。
与信限度額を決める作業は、相手を評価する作業だと思われがちだが、順番が逆になる。先に決めるのは「自社がいくらまでなら飛んでも耐えられるか」で、相手の評価はその枠を配分するときに使う。この順番なら、信用調査を買わなくても今日から置ける。
回収が滞った後の優先順位は売掛金エイジングの作り方、資金の余力そのものは13週資金繰り予測、取引先の情報を誰が持つかは取引先マスタの責任者設計が扱う。この記事は、取引を始める前に枠を置く工程に絞る。
なぜ今、枠を置く必要があるのか
帝国データバンクの倒産集計2026年上半期報によると、2026年上半期の企業倒産は5,335件で前年同期の5,003件から6.6%増え、4年連続で前年を上回った。負債総額は7,247億3,600万円。人手不足倒産は227件で過去最多を更新している(帝国データバンク「倒産集計 2026年上半期報」、2026年8月26日に確認)。
件数が増えているという事実より、実務上重いのは1件あたりの負債が大きくないことだ。5,335件で7,247億円なので、平均すると1件あたり1.4億円弱になる。つまり倒れているのは大口ではなく、取引先として普通に並んでいる規模の会社だという読み方になる。「うちの取引先に大手はいないから関係ない」は成り立たない。
限度額の分母を月商に取らない
よく見かけるのは「月商の何か月分」という決め方だが、この分母だと粗利率が低い取引ほど大きい枠が出る。回収できなかったときに失うのは売上ではなく、その売上を作るために先に出した現金と、残るはずだった粗利だ。粗利率20%の1,000万円と粗利率60%の1,000万円では、飛んだときの傷がまったく違う。
見る項目を並べ替えると次のようになる。
回収できなくても耐えられる額
1件飛んでも資金繰りが止まらない上限。手元資金と月の固定費から出す
取引の粗利
その取引先から年単位で残る粗利。売上ではなく粗利で見る
支払サイト
納品から入金までの日数。長いほど同時に抱える残高が増える
入金実績
過去の遅延回数と最長遅延日数。外部情報より先に見る自社データ
同時に走る残高
受注残・出荷済み未請求・請求済み未入金の合計。請求書の残高だけでは足りない
取引先ごとに粗利が出ていないなら、先に顧客別採算の計算方法を通す。売上だけで枠を配ると、手間ばかりかかって粗利の薄い相手に一番大きな枠が乗る。
残高の定義をそろえる
限度額が実態とずれる原因のほとんどは、評価ではなく残高の数え方にある。請求済み未入金だけを残高と呼んでいると、出荷して請求前の分と、受注して仕掛かっている分が枠の外に出てしまう。飛んだときに失うのはこの3つの合計なので、限度額もこの合計で見る。
- 請求済み未入金。
- 出荷・納品済みで未請求。
- 受注残のうち、すでに原価を投じた分。
支払サイトが長いほど、同じ月商でも同時に抱える残高は増える。手形で受けている場合はさらに伸びる。この点では制度側も短縮の方向に動いていて、公正取引委員会は手形等のサイトを60日以内に短縮するよう求めている(公正取引委員会「手形等のサイトの短縮について」2024年10月1日、2026年8月26日に確認)。自社が受け取る側でサイトが60日を超えているなら、限度額の前に支払条件そのものを交渉する材料になる。
枠を置くまでの5手順
1. 上限を1本引く
手元資金と月の固定費から「1件飛んでも止まらない額」を決める。この額が全取引先の限度額の上限になる
2. 残高の定義をそろえる
請求済み未入金だけを残高と呼ばない。受注残と出荷済み未請求を足す。ここを揃えないと限度額が実態とずれる
3. 入金実績で3つに分ける
遅延なし/遅延あり/回収に督促が要った、の3つ。外部の信用情報を買う前に、自社の履歴で差がつく
4. 枠を配る
上限の範囲で、粗利の大きい取引先に厚く、遅延実績のある取引先に薄く配る。全社合計が手元資金を超えないことを確認する
5. 超えたときの決め方を先に決める
誰が判断し、どの条件(前受け・分納・サイト短縮)なら受けるかを、超える前に書いておく
5を先に決めておくのが効く。超えてから相談すると、目の前に受注があるので必ず通ってしまう。超える前に条件を書いておけば、判断ではなく確認で済む。新規の相手なら、枠を置く前に反社チェックの手順を同じ台帳で通しておく。確認する項目は違うが、判断する人と記録する場所は同じにできる。
時効を忘れない
枠と同じくらい抜けやすいのが、放置した債権の期限だ。民法第166条第1項は、債権は「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき」または「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき」に時効によって消滅すると定めている(e-Gov法令検索「民法」、2026年8月26日に条文を確認)。
売掛金は通常、支払期日を知って取引しているため5年側で進む。督促を止めたまま帳簿に載せ続けている残高は、いつか消えるのではなくすでに取れない可能性がある残高として扱う。エイジング表で90日を超えた行が動かないなら、回収の話ではなく法的手続きか損金処理の話に切り替える判断が要る。
来週できる一歩:上位10社だけ枠を置く
- 残高の大きい取引先を10社抜く。
- 3つの残高(請求済み未入金・未請求・受注残)を足して現在値を出す。
- 手元資金と月の固定費から、1件飛んでも止まらない額を1つ決める。
- その額を超えている取引先が何社あるか数える。
- 超えている相手について、条件変更か枠の設定かを決め、決めた人と日付を残す。
10社で回してみると、多くの場合、問題は「相手が危ないかどうか」ではなく「同時に抱えている残高を誰も合計していなかったこと」だと分かる。合計するだけで、次にやることが変わる。
資金と取引先の管理を含む改善事例は業務改善カテゴリで確認できる。
よくある質問
信用調査会社と契約しないと与信限度額は決められませんか?
決められます。外部の信用情報は「相手をどう見るか」を補うもので、「自社がいくらまでなら耐えられるか」は自社の粗利と資金繰りからしか出ません。順番としては自社側の上限を先に置き、外部情報は上限の範囲内で配分を変えるために使います。
限度額の基準は月商の何か月分にすればよいですか?
月商基準は分母が売上なので、粗利率が低い取引ほど実態より大きい枠が出ます。回収できなかったときに失うのは売上ではなく粗利と、その売上を作るために先に出した現金です。分母は粗利と手元資金側に取ります。
限度額を超える注文が来たらどうしますか?
断るか、条件を変えるかの二択にします。前受け、分納、支払サイトの短縮、担保や保証で、超過分のリスクを下げてから受ける形です。超えたまま受ける判断をするなら、誰がいつ決めたかを残します。
与信管理規程は作るべきですか?
規程から入ると運用が始まりません。先に限度額の一覧と、超えたときの決め方を回してから、動いた形をそのまま文書にします。規程は運用の記録であって、運用の前提ではありません。
泉 款太(いずみ かんた)
株式会社SalesDock 代表取締役
慶應義塾大学法学部卒。スタートアップ、ラクスル、リクルート(SUUMO)を経て2025年に独立。 中小企業の経営・営業・業務・データをつなぐ事業基盤の設計と実装を支援。 不動産・製造業・クリニックを中心に、累計40社以上の支援に携わる。
代表者情報を読む →この記事の数値について
本文中に一次資料へのリンクがある数値は、リンク先を出典としています。 リンクのない業務設計、判断基準、実務上の目安は、SalesDockが累計40社以上の支援と自社運用で得た知見を一般化したものです。 個別企業での成果を保証する数値ではなく、条件によって変わります。