SalesDock ロゴSalesDock
業務改善

職務権限規程の作り方|決裁を降ろせる範囲と、会社法で降ろせない範囲を分ける

金額表を写す前に、降ろせない事項を外に出す

12分で読める

社員が20人を超えたあたりから、承認の依頼が社長のところへ集まりだす。出張中に3件たまり、戻ってから一気にさばく。止めているのは自分だと分かっているので、職務権限規程のひな形を探してくる。開いてみると「部長は1,000万円まで、課長は500万円まで」と書いてある。うちに部長はいないし、1,000万円の決裁が発生する場面もない。そこで手が止まる。

止まる理由は金額の数字ではなく、ひな形が前提にしている会社の形にある。階層が3段あって、取締役会があって、部門長が損益に責任を持っている会社の表を、階層が1.5段の会社に貼っても線が引けない。順番を変えて、先に「そもそも降ろせない事項」を外に出し、残ったものに自社の軸で線を引くと、A4一枚で回り始める。

1つの業務に絞った承認設計は見積 承認フローの決め方、金額の上限を自社の資金から出す考え方は与信限度額の決め方、部門ごとの予算枠は部門別予算の配分方法で扱っている。この記事は、その手前にある「会社全体の決裁範囲をどこで切るか」に絞る。

ひな形が使えないのは、金額ではなく前提のせい

市販のひな形や規程集は、部長・課長・係長という職位が実在し、それぞれが担当する予算と部門を持っていることを前提に書かれている。30〜100名の会社で実際に起きているのは、そこではない。役員が2人で、片方が営業と現場を、もう片方が管理と経理を見ている。課長は名刺上の肩書きで、決裁の単位ではない。

この状態で職位別の金額表を写すと、表の行が空くか、実在しない職位に権限を割り当てることになる。どちらの場合も運用されず、結局これまでどおり社長に上がってくる。権限を割り当てる相手は職位ではなく、実際にその判断材料を持っている人だ。誰が持っているかは、次の章で外に出す事項を除いてから決める。

会社法で降ろせない事項を、先に外へ出す

取締役会設置会社の場合、会社法第362条第4項は、次の事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができないと定めている(e-Gov法令検索「会社法」、2026年8月26日に条文を確認)。

  • 重要な財産の処分及び譲受け

    第362条第4項第1号

  • 多額の借財

    第362条第4項第2号

  • 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任

    第362条第4項第3号

  • 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止

    第362条第4項第4号

  • 社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項

    第362条第4項第5号

  • 業務の適正を確保するための体制(内部統制)の整備

    第362条第4項第6号

  • 定款の定めに基づく取締役の責任の免除

    第362条第4項第7号

ここに挙がっているのは例示で、条文自体が「その他の重要な業務執行の決定」と書いている。つまり列挙の7つに当てはまらなくても、規模から見て重要なら同じ扱いになる。職務権限規程で降ろせるのは、この外側に残った部分だけだ。ひな形の金額表がこの区別を書いていないのは、上場企業では取締役会規程が別に存在していて、そちらで処理されているからだ。

第6号の「業務の適正を確保するための体制」の中身は会社法施行規則第100条にあり、第1項第3号として「取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制」が挙がっている(e-Gov法令検索「会社法施行規則」、2026年8月26日に条文を確認)。職務権限規程そのものが、この体制の一部として位置づけられている。作るかどうかの話ではなく、どう作るかの話だと分かる。

取締役会がない会社は、条文が変わる

中小企業の多くは取締役会を置いていない。その場合に見るのは第362条ではなく第348条になる。取締役が二人以上いる会社では業務は取締役の過半数で決定し、そのうち支配人の選任及び解任、支店の設置・移転・廃止、株主総会の招集に関する事項、内部統制体制の整備、責任の免除の5つは各取締役へ委任できない。

逆に言えば、取締役が社長ひとりの会社では、この委任禁止の条項は働かない。第348条第1項により、定款に別段の定めがなければ取締役が業務を執行する。会社法の側からは自由に設計できる。それでも規程が要るのは、法令のためではなく、社長以外の人が「これは自分で決めていい」と判断できる範囲を可視化しないと、確認が全部戻ってくるからだ。

社内で決めた上限は、取引相手には効かない

ここを誤解したまま作ると、規程の位置づけを見誤る。会社法第349条第4項は、代表取締役は株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有すると定め、続く第5項で「前項の権限に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない」と定めている。

社内で「1,000万円を超える契約は取締役会決議」と決めても、それを知らずに契約した相手に対しては、その制限を理由に契約を否定できない。職務権限規程は対外的な安全装置ではなく、社内で判断を止めないための道具だ。相手方に対する備えが必要なら、注文書や契約書の様式、締結権限の表示、印章の管理といった別の手当てになる。

この区別が付くと、規程に何を書くかが変わる。守りのために細かく刻むのではなく、現場が迷わず進めるように太く区切る方向に倒せる。

金額だけで線を引くと、必ず崩れる

金額は分かりやすいが、間違えたときの痛みの代理指標でしかない。解約できる月額5万円のツールと、5年契約のリースで月5万円は、規程の上では同じ行に並んでしまう。実際に見る軸は4つある。

  • 取り返しがつくか

    解約できる月額契約と、5年リースや不動産の賃貸借では、同じ金額でも戻せる幅が違う。戻せないものほど上へ上げる

  • 前例があるか

    同じ種類の判断を過去に決裁した記録があるなら、次からは基準に落として現場で決める。毎回上げているのは、前例が残っていないから

  • 継続するか

    単発の支出と、毎月出ていく支出を同じ表で扱わない。月額は年額に直してから線に当てる

  • 外に出るか

    社外へ約束が出る判断(見積、契約、値引き、納期)は、金額が小さくても記録を残す側に寄せる。社内で完結する判断とは扱いを変える

4つのうち「前例があるか」は、規程よりも記録の問題になる。同じ判断を毎回上げてくるのは、前回どう決めたかがどこにも残っていないからだ。決めた内容の残し方は経営会議の意思決定ログ設計で扱っている。承認の記録が残り始めると、線を引き直す材料も同時に貯まる。

規程に落とすまでの5手順

  • 1. 実際に上がってきた申請を30件並べる

    規程を書く前に、直近3か月で社長のところへ来た確認・承認を書き出す。件数ではなく種類を数える。同じ種類が何度も並ぶなら、その種類が最初に降ろす対象になる

  • 2. 種類ごとに「上げてきた理由」を1行書く

    金額が大きいから、前例がないから、社外に出るから、単に不安だから。理由が「不安だから」なら、それは基準の問題ではなく記録の問題

  • 3. 会社法で降ろせない事項を外に出す

    重要な財産の処分、多額の借財、重要な使用人の選任・解任などは、取締役会設置会社なら取締役会の決議事項として規程の外側に置く

  • 4. 残りに4つの軸を当てて線を引く

    金額だけでなく、取り返しのつきやすさ・前例・継続性・社外に出るかを見る。線は1本ではなく、種類ごとに引く

  • 5. 超えたときの上げ先と、不在時の扱いを書く

    上限を超える申請が来たときに誰へ上げるか、その人が不在のとき何日まで待つか、待てないなら誰が決めるかまで書いて初めて止まらない

手順1を飛ばして規程から書き始めると、発生していない判断の行が並び、毎日詰まっている判断の行が抜ける。先に現物を30件並べると、書くべき行が向こうから出てくる。申請の受け口をシステムへ載せる段階はワークフローシステムの導入手順にまとめているが、載せるのは線を引いた後でいい。

規程を書いても決裁が降りないときに疑うところ

条文と金額の線が決まっても、運用が始まらないことがある。そのとき止まっているのは、規程の中身ではなく、判断に必要な材料の側であることが多い。申請に必要な数字が誰かのExcelの中にあって共有されていない、取引先の情報が最新かどうか分からない、前回どう決めたかの記録がない。判断の材料がその人の手元に届いていないから、判断を降ろせないという状態になる。

件数は流れているのに、判断基準・責任者・データの受け渡しが後回しになっている会社ほど、ここで止まる。最後の確認が社長に集まっていればなおさらだ。どの業務から整えるかに心当たりがあるなら、3分・8問の事業基盤診断で現在地を確認できる。なお、定款や取締役会規程の変更、登記が絡む判断は司法書士・弁護士の領分になる。ここで扱っているのは、その手前にある社内の運用設計だ。

来週できる一歩:申請を30件書き出す

  1. 直近3か月で自分のところへ来た承認・確認を30件書き出す。メールとチャットを遡れば足りる。
  2. 種類でまとめる。1件ずつ違う種類になるなら、まとめ方が細かすぎる。
  3. 種類ごとに「なぜ上がってきたか」を1行書く。金額・前例なし・社外に出る・不安、のどれか。
  4. 会社法で降ろせない事項に当たるものを別の紙へ移す。
  5. 残った種類だけ、4つの軸で線を引き、超えたときの上げ先と不在時の扱いを書く。

30件並べたときに、同じ種類が5件以上並んでいたら、社長を止めていたのは金額の大きい判断ではなくその種類が繰り返し上がってきていたことだ。1種類降ろすだけで件数が減る。並ばなかったなら、止めているのは件数ではなく1件あたりの重さなので、線ではなく上げ先を見直す。

決裁と業務の受け持ちを含む改善の記事は業務改善カテゴリで確認できる。誰が何を担当するかの側は業務分掌の決め方で扱っている。

よくある質問

取締役が社長ひとりでも職務権限規程は必要ですか?

会社法上の制約という意味では、取締役が一人の取締役会非設置会社なら業務執行の決定に社内的な縛りはほとんどありません。それでも規程が要るのは、社長以外の人が「これは自分で決めていい」と判断できる範囲を書き出さないと、確認が全部社長へ戻ってくるからです。目的が法令対応ではなく、決裁を止めないことなので、A4一枚から始めて構いません。

金額の基準はいくらに設定すればよいですか?

他社の金額をそのまま持ってきても機能しません。金額は「間違えたときに取り返しがつくか」を測る代理指標でしかないので、自社の月の固定費や現預金に対して、その支出が飛んでも動きが止まらない額を先に置きます。同じ100万円でも、解約できる月額契約と5年リースでは意味が違います。

規程で上限を決めておけば、社員が勝手に結んだ契約は無効にできますか?

できません。会社法第349条第5項は、代表取締役の権限に加えた制限は善意の第三者に対抗できないと定めています。社内の決裁基準は対外的な安全装置ではなく、社内で判断を止めないための道具です。相手方に対する備えは、契約書の締結権限の表示や注文書の様式など、別の手当てになります。

職務権限規程と業務分掌はどう違いますか?

業務分掌は「どの部署が何を担当するか」、職務権限は「誰がいくらまで、何を決めていいか」です。担当していることと決めていいことは別なので、分掌表だけを作ると、担当者が判断を上げ続ける状態が残ります。逆に権限だけ決めても、担当が空いている業務はそもそも申請が上がってきません。

泉 款太(いずみ かんた)

株式会社SalesDock 代表取締役

慶應義塾大学法学部卒。スタートアップ、ラクスル、リクルート(SUUMO)を経て2025年に独立。 中小企業の経営・営業・業務・データをつなぐ事業基盤の設計と実装を支援。 不動産・製造業・クリニックを中心に、累計40社以上の支援に携わる。

代表者情報を読む →

この記事の数値について

本文中に一次資料へのリンクがある数値は、リンク先を出典としています。 リンクのない業務設計、判断基準、実務上の目安は、SalesDockが累計40社以上の支援と自社運用で得た知見を一般化したものです。 個別企業での成果を保証する数値ではなく、条件によって変わります。

NEXT STEP

手順の次に効くのは、着手する順番

個別の手順をつなげて成果にするまでの3ヶ月ロードマップを、無料資料にまとめています。