情報セキュリティ基本方針の作り方|中小企業が公開しても実態とずれない書き方
公開する文書だからこそ、書く前に3つの運用を確定させる
情報セキュリティ基本方針を作れと言われて、ひな形を探す。見つかったサンプルは体裁が整っているので、社名を入れて日付を入れれば形にはなる。問題は、そうやって作った文書を公開したあとに起きる。方針に書いた運用を、社内の誰もやっていないという状態が、外から見える場所に残る。
基本方針は社外に出す文書だ。IPAのSECURITY ACTION二つ星も、策定だけでなく外部公開までを要件にしている。だからこそ、書き方の前に決めることがある。この記事は、ひな形を埋める順番を組み替える話をする。
宣言までの手続きはSECURITY ACTIONの宣言手順、生成AIを使うときの決めごとは生成AIの社内ルール、権限の実態確認は社内ツールの権限設定が扱う。この記事は基本方針という文書そのものに絞る。
出発点はIPAの付録でよい
ゼロから書く必要はない。IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」は第4.0版(2026年3月27日公開、最終更新2026年7月3日)で、付録2として情報セキュリティ基本方針のサンプル、付録5として情報セキュリティ関連規程のサンプル、付録3として「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」、付録6として資産管理台帳のサンプルを提供している(IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」、2026年8月26日に確認)。想定読者は個人事業主・小規模事業者を含む中小企業だ。
付録が分かれていることに意味がある。基本方針は理念や原則を示す短い文書で、手順や禁止事項は規程側に置く。この分担を崩して方針に細かい手順を書き込むと、運用が変わるたびに公開文書を差し替えることになる。
方針に置く6つの欄
目的
何のために方針を置くのか。取引先への説明のためだけに書くと、社内で誰も参照しない文書になる
適用範囲
誰と、どの情報と、どの端末までか。業務委託と私物端末をどう扱うかが最初の分かれ目
体制と責任者
最終責任者と、実務を回す担当を分ける。役職名だけ書いて中身が空のまま公開しない
守るべき対象
顧客情報、取引情報、設計や見積の情報など、自社で失うと困るものを具体名で書く
法令・契約の遵守
個人情報や取引先との秘密保持契約など、既に負っている義務を並べる
見直し
いつ、何をきっかけに見直すか。書きっぱなしを防ぐ唯一の欄
この6つのうち、ひな形のままにしても事故が起きないのは「法令・契約の遵守」くらいだ。残りは自社の事実を入れないと、公開した瞬間に実態とずれる。
書く前に確定させる3つの運用
方針の文面より先に、次の3つを実際どうしているかを確認する。方針に書かれる文の多くは、この3つの言い換えになる。
バックアップ
誰が、何を、どの頻度で取り、復元を試したのはいつか。方針に「実施する」と書く前に現物を確認する
情報の持ち出し
私物端末、個人のクラウド、紙の持ち帰りのどれを認めるか。禁止と書いて全員が破る状態を作らない
退職者と共有ID
退職時に何を止めるか。共有IDが残っていると、方針の「アクセス権を管理する」が成立しない
バックアップがここに入るのは、2026年3月の改訂で情報セキュリティの取組目標に「バックアップを取ろう!」が加わり、六か条になったからだ。取得しているかだけでなく、復元を試したことがあるかまで見ておくと、方針に書ける内容が変わる。共有IDの扱いは共有アカウントを廃止する移行手順、社内で動いているツールの把握は内製ツールの棚卸し手順で先に整理できる。
適用範囲の書き方でほとんど決まる
実務で一番ずれるのが適用範囲だ。「当社の役員および従業員」と書いた方針は、次のような人と情報を範囲外にしてしまう。
- 業務委託で経理や事務を担っている人。
- 営業が私物のスマートフォンで見ている顧客情報。
- 取引先と共有しているクラウドストレージのフォルダ。
- 退職したが、まだアカウントが生きている元従業員。
先に「自社の情報が実際にどこまで流れているか」を並べ、その事実に合わせて範囲を書く。範囲を狭く書いて実態が広いより、範囲を実態どおりに書いて対策が追いついていないほうが扱いやすい。前者は方針が嘘になり、後者は課題が残るだけだからだ。
公開したあとの見直しを1行入れる
二つ星の要件は、自社ウェブサイトへの掲載、会社案内やパンフレットへの掲載、その他の方法のいずれかで外部公開することとされている(IPA「二つ星を宣言する」、2026年8月26日に確認)。公開した文書は、直さなければ古いまま残る。
見直しの欄には頻度だけでなく引き金を書く。人が入れ替わったとき、ツールを追加したとき、ヒヤリが起きたとき。この3つを書いておくと、年1回の定期見直しを待たずに直す理由ができる。
来週できる一歩:適用範囲だけ先に書く
- 自社の顧客情報に触れている人を、雇用形態を問わず全員書き出す。
- その人たちが使っている端末とクラウドを並べる。
- いま止められないものに印を付ける。
- 印の付いたものを含む形で、適用範囲の一文を書く。
- 残りの欄は、その一文と矛盾しないように埋める。
適用範囲が事実どおりに書けていれば、残りの欄はひな形を土台にしても大きくずれない。逆にここが実態と違うと、他をどれだけ丁寧に書いても文書全体が信用できなくなる。
方針が実態とずれるのは、文章の問題ではない
文面そのものはIPAの付録から起こせるので、代わりに書いてもらう必要はほとんどない。ずれが出るのは、方針に書いた運用を誰がやるのか決まっていないときだ。バックアップ、情報の持ち出し、退職者のID。この3つが決まらないまま文書だけ整えても、決まっていないことは決まらない。
判断基準が人によって違う、データが部署ごとに分かれている、最後は社長が全部見ている。この状態だと、方針を見直すたびに同じ議論に戻る。文書の書き方ではなく、責任分担と運用の側に原因がある。
そちらに心当たりがあるときは、どこから手を付けるかを3分・8問の事業基盤診断で確認できる。方針の書式や制度の要件だけを知りたいのであれば、上のガイドラインと付録で足りる。
社内の仕組みづくりの事例は業務改善カテゴリで確認できる。
よくある質問
基本方針と規程はどう違いますか?
基本方針は理念、指針、原則、目標等を表した方針書・宣言書で、外部にも見せる短い文書です。個別の手順や禁止事項は規程やハンドブック側に置きます。IPAのガイドラインも付録で基本方針のサンプルと関連規程のサンプルを分けて提供しています。
ひな形をそのまま使ってはいけませんか?
出発点としては使えます。問題になるのは適用範囲と体制の欄で、ここをひな形のまま出すと、実際には誰も担当していない役割が書かれた文書が公開されます。埋める順番を変えるだけで防げます。
どこまでを適用範囲にすべきですか?
自社の従業員だけにすると、実務で情報を触っている業務委託や、私物端末での作業が範囲外になります。実際に情報が流れている先を先に洗い出し、その事実に合わせて範囲を書きます。
作った後、どのくらいの頻度で見直しますか?
頻度を先に決めるより、見直しの引き金を決めるほうが続きます。人の入れ替わり、ツールの追加、事故やヒヤリの発生を引き金にし、年1回の定期見直しを下限として置く形が現実的です。
泉 款太(いずみ かんた)
株式会社SalesDock 代表取締役
慶應義塾大学法学部卒。スタートアップ、ラクスル、リクルート(SUUMO)を経て2025年に独立。 中小企業の経営・営業・業務・データをつなぐ事業基盤の設計と実装を支援。 不動産・製造業・クリニックを中心に、累計40社以上の支援に携わる。
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