収益還元法で査定するときに詰まるところ|還元利回りの置き方を整理する
この記事のポイント
収益還元法でもめるのは計算式ではなく、分子と分母の前提です。特に分母の還元利回りは、0.5ポイント動かすだけで価格が数パーセント動きます。だから査定では金額より先に、どの前提を置いたかを記録します。
収益物件の値付けの場で、2人が違う金額を出してくることがあります。計算方法は同じなのに、結論が1割以上違う。こういうとき、たいてい議論は「その計算おかしくないですか」から始まります。
でも実際は、計算はどちらも合っています。違うのは、分子に何を入れたかと、分母に何パーセントを置いたかです。ここを先に確認しないと、議論が金額の押し引きになって終わりません。
この記事では、収益還元法で詰まる場所を分子と分母に分けて整理します。査定の速さそのものについては「査定のスピードを上げる」で扱っています。この記事は、その中身の前提の話です。
式は単純、詰まるのは前提
直接還元法の考え方は、1年分の純収益を還元利回りで割る、というものです。式としてはこれだけです。だから難しいのは計算ではなく、次の2つになります。
分子:1年分の純収益をどう作るか— 収入から何を引くか。空室をどれだけ見込むか。
分母:還元利回りをどこから持ってくるか— 取引事例から逆算するか、積み上げるか、要求利回りを置くか。
なお、保有期間中の収支と売却時の価格を年ごとに置いて現在価値に割り戻す方法(DCF法)もあります。前提を1つずつ議論できる場面では有効ですが、置く数字が増えるぶん結果のブレも大きくなります。一次判断では直接還元法、条件が固まってからDCF法、という使い分けが実務では回りやすいです。
分子でずれる3か所
| ずれる場所 | 起きること | 決めておくこと |
|---|---|---|
| 収入の範囲 | 共益費・駐車場・自販機などを含めるかどうかが担当者ごとに違う | 含める/含めないを1回決めて全物件で統一する |
| 空室損の見込み | 満室想定のまま計算する人と、一定率を引く人が混在する | 社内の標準の空室率を決める。物件ごとに変える場合は理由を記録する |
| 差し引く費用の範囲 | 固定資産税・管理費・修繕・保険・原状回復のどこまでを引くかが揃っていない | 引く項目を列挙した表を1つ持つ。ローン返済は引かない(資金調達の話と分ける) |
この3つのうち、実務で一番よく揉めるのが空室損です。満室想定のレントロールをそのまま使うと分子が大きくなり、査定額が上振れします。受け取った資料が現況か満室想定かの見分け方は「レントロールで最初に見る5項目」に整理しました。
もう1つ、意外と見落とされるのがローン返済の扱いです。返済額を費用として引いてしまうと、買主の資金調達条件によって物件の価値が変わることになってしまいます。物件そのものの収益力を見るときは、返済は分けて考えます。
分母を0.5ポイント動かすと、価格は何パーセント動くか
還元利回りの話をするとき、実際に計算してみるのが一番早いです。純収益を固定したまま、還元利回りだけを0.5ポイント上げると、価格は次のように動きます。
| 還元利回り | 0.5ポイント上げた場合 | 価格の変化 |
|---|---|---|
| 6.0% | 6.5% | 約7.7%下がる |
| 7.0% | 7.5% | 約6.7%下がる |
| 8.0% | 8.5% | 約5.9%下がる |
※ 純収益を固定して「純収益 ÷ 還元利回り」を計算した場合の変化率。実際の相場を示すものではありません。
つまり、還元利回りを「だいたい7%くらいで」と口頭で決めている会社は、価格の数パーセントを感覚で決めていることになります。1億円の物件なら数百万円の幅です。ここを詰めずに、分子の空室率で0.5%の議論をしても効果は限定的です。
還元利回りを置く3つの方法と、その記録
1. 取引事例から逆算する
同じエリア・同じ用途・近い規模の取引から、純収益と価格の関係を逆算します。事例が少ないエリアでは使いにくい方法ですが、根拠としては一番説明しやすい形です。取引価格の情報は、国土交通省の不動産情報ライブラリなど公的なデータでも確認できます。
2. 積み上げる
基準となる利回りに、立地・築年・用途・流動性などのリスク分を上乗せしていく方法です。積み上げの項目を社内で固定しておけば、担当者による差が出にくくなります。
3. 要求利回りから置く
自社が買う場合、あるいは想定する買主層が求める利回りから逆算します。売却の値付けでは実務的な方法ですが、「誰の要求利回りか」を書き残さないと後で再現できません。
どの方法を使ってもよいのですが、査定シートに「使った方法」と「置いた数字」の2行を必ず残します。金額だけを残すと、3ヶ月後に価格を見直すときに、何を変えたら金額が変わるのかが分からなくなります。価格改定の運用は「価格改定のワークフロー」で扱っています。
公的なデータをどこまで使えるか
還元利回りや取引の相場を調べるとき、公的なデータが出発点になります。国土交通省の不動産情報ライブラリでは、取引価格の情報や地価公示などをまとめて確認でき、APIも公開されています。
ただし、公的データで分かるのは主に取引価格や地価であって、その物件の純収益ではありません。還元利回りを逆算するには収益側の情報が必要なので、公的データだけでは完結しません。この使い分けは「不動産情報ライブラリのAPIでできること」と「データAPIを使った物件調査」で整理しています。
規模別に見た、査定の前提の揃え方
| 規模 | 現状 | 先にやること |
|---|---|---|
| 中小(〜30人) | 社長の頭の中に前提があり、他の人は結論だけを受け取っている | 直近3件の査定について、置いた空室率と還元利回りを聞き取って書き出す |
| 準大手(50〜300人) | 査定シートはあるが、前提の欄が自由記述で埋まっていない | 前提欄を選択式にする。自由記述をやめると、後から集計できるようになる |
まとめ
収益還元法で結論が割れるのは、計算ではなく前提です。分子では収入の範囲・空室損・差し引く費用、分母では還元利回りの置き方。特に還元利回りは0.5ポイントの差が価格の数パーセントに直結します。
やることは、査定シートに前提の2行を足すだけです。金額の横に「どの方法で」「何パーセントを置いたか」。これがあると、価格を見直すときの議論が金額の押し引きではなく、前提の見直しになります。
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出典・一次情報
※ 本記事の計算例は、純収益を固定した場合の変化率を示したものであり、特定の市場・物件の相場を示すものではありません。査定・鑑定に関する専門的な判断が必要な場合は不動産鑑定士にご相談ください。記述は当社が支援している会社の事例をもとに一般化したものです。
よくある質問
収益還元法の直接還元法とDCF法は、どちらを使えばよいですか?
社内の一次判断では直接還元法で足りることが多いです。1年分の収益を還元利回りで割るだけなので、前提の置き方さえそろえれば担当者による差が出にくくなります。DCF法は保有期間中の収支と売却時の価格を年ごとに置いていくため、前提の数が増え、置き方によって結果が大きく変わります。前提を1つずつ議論できる場面では有効ですが、一次判断に使うと判断が遅くなります。目的で使い分けるのが実務的です。
還元利回りはどうやって決めればよいですか?
決め方は主に3つあります。同種の物件の取引事例から逆算する方法、金利や物件のリスクを積み上げる方法、そして自社や想定する買主の要求利回りから置く方法です。どれが正しいというより、どれを使ったかを記録することが重要です。査定額だけを残して根拠を残さないと、半年後に価格を見直すときに、なぜその数字にしたのかを誰も再現できなくなります。
収益還元法で出した金額と、実際の売買価格が合わないのはなぜですか?
収益還元法は賃料収入から価格を求める方法なので、土地の値段が収益力に対して高いエリアでは、実際の取引価格と乖離します。また、買主が融資でいくら引けるかによっても成立する価格が変わります。査定額は「その前提での理論値」であり、市場価格そのものではありません。乖離が出たときは計算を疑うより、前提のどれが実態と違うのかを1つずつ確認するほうが早いです。
泉 款太(いずみ かんた)
株式会社SalesDock 代表取締役
慶應義塾大学法学部卒。スタートアップ、ラクスル、リクルート(SUUMO)を経て2025年に独立。 中小企業の経営・営業・業務・データをつなぐ事業基盤の設計と実装を支援。 不動産・製造業・クリニックを中心に30社以上の業務改善に携わる。
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