クリニック・介護施設がAIに患者情報を入れる前に—要配慮個人情報の線引きと現実的な使い方
病歴は、漏れたときの重さが他の個人情報と違う。だから線を先に引く
この記事のポイント
病歴・診療内容は「要配慮個人情報」で、通常の個人情報より慎重な扱いが求められる。禁止しても職員は使うので、入れてよい/加工して入れる/入れないの3分類を先に示すほうが機能する。記録業務は、個人情報を外しても十分に効果が出る領域。
記録の作成、申し送り、家族への説明文、シフトの調整。医療・介護の現場には、AIで楽になる仕事が多い。一方で扱っているのは患者・利用者の情報で、他業種の顧客情報とは性質が違う。この記事では、何が特別なのか、どこに線を引けば現場が動けるのか、記録業務で実際にどう使えるのかを整理する。
病歴は「要配慮個人情報」にあたる
個人情報保護法では、本人に対する不当な差別や偏見が生じないよう特に配慮を要する情報を要配慮個人情報と定めている。病歴や診療・調剤の情報はこれにあたる。
実務上の意味はこうだ。取得の段階から本人の同意が原則として必要で、漏れたときの影響も他の個人情報より重い。氏名と電話番号が漏れるのと、通院している疾患が漏れるのとでは、本人が受ける不利益がまったく違う。
だから「他社もAIを使っているから」という基準は使えない。他業種と同じ感覚で線を引くと、この業種では足りない。
出典・一次情報
制度・統計は改定されます。最新の情報は公表元でご確認ください。
禁止だけでは止まらない
最初に打つ手として「業務でのAI利用は禁止」と決める施設は多い。ただ、これは実際には機能しにくい。記録作成の負担が現実に重く、職員が自分のスマホで使い始めるからだ。
この状態のほうが危ない。個人アカウントの無料プランは、入力内容が学習に使われる設定が既定の場合があるし、施設側は何が入力されたか把握できない。禁止したことで、見えない場所に移動しただけになる。
現実的なのは、使ってよいツールと、入れてよい情報の範囲を先に示すこと。そのうえで法人として使えるアカウントを用意する。これだけで、持ち出しはかなり減る。
3分類で線を引く
長いルールは現場で読まれない。次の3分類を紙1枚にして掲示するほうが機能する。
| 分類 | 例 |
|---|---|
| 入れない | 氏名、生年月日、住所、電話番号、患者番号・利用者番号、保険証の情報、顔写真、家族構成、これらと結びついた病名・服薬内容 |
| 加工して入れる | 「80代女性・要介護3」のように個人が特定できない形にした状況。症状や経過の一般化した記述 |
| そのまま入れてよい | 公開情報、制度や加算の一般的な調べ物、文章の整え方、研修資料のたたき台、シフト表の形式 |
判断に迷ったものは「入れない」に倒す。これも明記しておく。迷ったときの既定値を決めておかないと、判断が人によってぶれる。
クリニック・歯科医院のためのAI業務改善ガイド
AIに下書きさせるもの、固定計算にするもの、人が決めるものの線引きを業務の領域ごとに整理しています。最初の90日の進め方もまとめています
資料を無料でダウンロード記録業務での現実的な使い方
個人情報を入れなくても、記録業務の負担はかなり減らせる。効果が出やすいのは次のような使い方だ。
- 観察内容を整った文章にする。メモ書きを渡して記録の文体に整えてもらう。個人名は入れない
- 記録の型を作る。入浴介助・服薬管理・食事介助など、場面ごとの記入項目のひな形を作る
- 申し送りの要約。個人が特定できない形にしたうえで、長い記述を要点にまとめる
- 家族への説明文のたたき台。状況を一般化して伝え方を組み立て、固有名詞は最後に人が入れる
- 研修資料・マニュアルの作成。ここは個人情報が関係しないので制約なく使える
ポイントは「AIには型を作らせ、固有名詞は人が最後に入れる」という順序。この順序にすると、個人情報を外部に出さずに済む。
自作ツールを持つ場合の追加確認
最近は、施設内で記録用のツールや集計の仕組みをAIで内製するケースも出てきている。この場合、チャットに入力する話とは別の確認が必要になる。
- データがどこに保存されるか。外部のクラウドなら、どの事業者のどこか
- 誰が閲覧できるか。職員全員が見られる設定になっていないか。権限設定の不備は、この業種では実害が重い
- 止まったときに業務が回るか。記録は法令上の保存義務があるものも含まれる
- 作った職員が辞めたら維持できるか。引き継ぎができるか
確認項目の全体像は本番導入前チェックリスト12項目にまとめている。
線引きの妥当性を、第三者に確認してもらう
テクミルは、社内で作ったAIツールや利用ルールについて、第三者のエンジニアが技術面の懸念点と対応方針を整理するサービスです。確認したい範囲を指定して相談できます。月額8万円(税別)から、初回の相談は30分無料。
テクミルのサービス内容を見る →まとめ
医療・介護でAIを使うときの難しさは、技術ではなく扱っている情報の重さにある。禁止で止めようとすると見えない場所に移動するので、3分類で線を引いて、法人アカウントを用意するほうが現実的だ。そして記録業務は、個人情報を外しても十分に効果が出る。「型はAI、固有名詞は人」の順序を守れば、負担だけを減らせる。
よくある質問
生成AIに患者の情報を入力してもよいですか?
個人を特定できる形で入れるのは避けてください。病歴や診療内容は「要配慮個人情報」にあたり、通常の個人情報より慎重な取り扱いが求められます。実務では、氏名・生年月日・住所・患者番号などを外し、症状や状況だけを一般化して入力する運用が現実的です。判断に迷う場合は入れない側に倒してください。
介護記録の下書きをAIに作らせるのは問題ありますか?
利用者を特定できる情報を入れずに、記録の型や文章の整え方をAIに任せる使い方であれば実務的です。たとえば「入浴介助の記録として、この観察内容を整った文章にして」という依頼で、氏名や部屋番号を含めない形です。逆に、記録システムから利用者情報をそのままコピーして貼るのは避けてください。
職員が個人のスマホでAIを使っている場合はどうすればよいですか?
禁止だけでは止まりません。使ってよいツールと、入れてよい情報の範囲を先に示すほうが、結果として持ち出しが減ります。あわせて、法人として使えるアカウントを用意すること。個人アカウントの無料プランは入力内容が学習に使われる設定が既定の場合があるため、そこだけでも切り替える価値があります。
泉 款太(いずみ かんた)
株式会社SalesDock 代表取締役
慶應義塾大学法学部卒。スタートアップ、ラクスル、リクルート(SUUMO)を経て2025年に独立。 中小企業の経営・営業・業務・データをつなぐ事業基盤の設計と実装を支援。 不動産・製造業・クリニックを中心に30社以上の業務改善に携わる。
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