いま止められるIT費用の棚卸し|増やす前に契約とライセンスを並べる
この記事は止める側だけを扱います。 予算をどれだけ増やし、どの領域にいくら配分するかという増やす側の話は「中小企業のIT投資、どこにいくら使うべき?」で扱っています。順番としては、この記事で枠を作ってから、そちらで配分を考える形になります。
この記事のポイント
IT投資の相談は「いくら増やすか」から入ることが多いのですが、いま毎月いくら出ていて、その内訳が何かを即答できる会社は少ないです。 棚卸しの対象は使われていないライセンス/同じ役割の二重契約/人が張り付いて維持している運用/止めると業務が止まるものの4種。止めるか残すかは、金額の大小ではなく誰が困るか・代替が社内にあるか・契約の縛り・戻せるかの4軸で分かれます。
「うちのIT投資、同業に比べて少ないでしょうか」という質問をいただくことがあります。 比率の相場をお答えすることはできますが、その数字だけでは判断が進みません。 比較の相手が相場になると、出てくる結論は「増やす」か「削る」の二択で、 どこを増やしてどこを削るかは決まらないままです。
この記事は、増やす前の一手としていま払っているものを並べて、止めるものを決める作業を扱います。 並べるだけで、金額を動かさずに枠が出てくることがあります。 そして枠が出てからのほうが、増やす議論は具体的になります。
並べるまでは、合計額が誰にも分からない
IT費用が把握しづらいのは、金額が大きいからではなく、出口が分散しているからです。会社の口座からの引き落とし、 法人カードの決済、部署の経費精算、既存の業者への保守費、 そして人件費のなかに埋まっている手作業。この5つの出口に散っていると、 どの帳票を見ても全体は出てきません。
経営会議で出てくるのは「システム費」という1行の合計だけ、というケースも多いです。 その1行のなかに、月数千円のツールが十数本入っていることがあります。 1本ずつは小さいので誰も止めようと言わず、合計だけが毎年少しずつ増えていきます。 増える方向にだけ意思決定があり、止める方向には意思決定の場がない、という状態です。
手が止まっている理由の最上位は、予算ではない
順番として「止めて枠を作る」が先に来る理由は、公開されている調査からも読み取れます。 中小企業庁「2026年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」の p.21 図1(2)「AIを活用していない理由」(n=3,888、複数回答)では、 上位5つが次のように示されています。
| 活用していない理由(上位5つ) | 回答割合 |
|---|---|
| 活用する業務がイメージできていない | 63.4% |
| 活用を推進する人材が不足している | 40.0% |
| 社内ルール・ガイドラインが整備されていない | 26.2% |
| セキュリティ・情報漏えいへの不安がある | 14.5% |
| 必要な予算を確保できない | 13.8% |
予算を確保できないは上位5つのうち最も低い13.8%で、 最も高いのは活用する業務がイメージできていないの63.4%です。 同じ資料の p.21 図1(1) では、AI活用に取り組んだが30.3%、 取り組んでいないが69.7%(全体 n=5,645)と示されています。 なお、この設問はAI活用についての設問であり、 IT投資全般の調査ではありません。この記事では、 手が止まる理由の並び順として引用しています。
読み取れるのは、金額の不足より当てる業務が決まっていないことが前に来ている、という並びです。 だとすれば、先に金額を足しても対象が決まらないままです。 対象を決める作業と、止めて枠を作る作業は、どちらも金額を増やさずに始められます。
AI担当を採用する前に読む 中小企業のAI活用設計ガイド
AIが止まる理由は予算ではなく、どの業務に当てはめるかが決まっていないこと。公的統計で現在地を確かめる30項目のチェックリストは、いま払っているIT費用の点検にも使えます
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並べたIT費用は、扱いが4種類に分かれます。同じ「毎月出ている費用」でも、 止められる理由と止められない理由が違うので、混ぜたまま議論すると いちばん止めやすいものだけが議題に上がり、いちばん大きいものが残ります。
| 種類 | 見つけ方 | 扱い |
|---|---|---|
| ① 使われていないライセンス | 契約数と、直近90日で実際に使った人数を数えて突き合わせる | 止める。数を減らすだけなので業務は動かない |
| ② 同じ役割の二重契約 | 見積・請求・顧客管理などの業務名で並べ、同じ行に2本来るものを探す | どちらを残すかを決める。移すデータの量で判断が変わる |
| ③ 人が張り付いて維持している運用 | 毎月の手作業を拾う。請求書の転記、名寄せ、月次の突合 | 請求書に出てこない費用。止めるのではなく手を離す対象 |
| ④ 止めると業務が止まるもの | 止めた場合に翌日困る人が具体的に浮かぶもの | 止めない。ただし依存の中身を書き出す |
実際に金額が大きいのは③です。請求書が来ないので費用として認識されませんが、 毎月同じ人が同じ転記をしているなら、それは維持費です。 Excelで回している運用のどこまでを手作業のまま残すかは「エクセル業務のシステム化」で扱いました。③を拾うときは、担当者に作業一覧を書いてもらうより、 月次のどの日に誰の手が止まるかを聞くほうが早く出てきます。
④は「聖域」になりやすい枠です。止めない判断そのものは正しいのですが、 そのまま置くと翌年も同じ状態で棚卸しが終わります。 誰が毎日使っているか、どのデータがそこにしか入っていないか、 代替がないのは機能の問題か手間の問題か。この3点を書き出すだけで、 いまは止められないが来年は候補になるものと、 構造的に止められないものが分かれます。
止めるか残すかを分ける4つの軸
金額の大小で並べると、いちばん高いものは④に入っていて止められず、 止められるものは金額が小さいので議題になりません。 分ける軸は金額ではなく、次の4つです。
- 止めたら誰が困るか、名前が出るか。「たぶん誰か使っている」で止まる場合、その時点で止めてよい候補です。 逆に名前が即座に出るものは、金額が小さくても止められません。 人の名前が出るかどうかは、利用実態を測るいちばん簡単な代理指標になります。
- 代替がすでに社内にあるか。別のツールで同じことができているなら、二重契約側を止める判断ができます。 ここで確認するのは機能の有無だけでなく、 その代替を使っている人が社内にいるかどうかです。 使える人がいない代替は、代替として数えません。
- 契約の縛りがどうなっているか。年契約か、最低ライセンス数の下限があるか、更新月はいつか。 今日止める判断をしても、効くのは更新月です。 更新月の1〜2か月前が実際の窓なので、棚卸しの結論には 「いつ止まるか」を必ず書いてください。
- 止めた後に戻せるか。データを持ち出せるか、どの形式で出せるか、解約後にデータが保持される期間はあるか。 戻せるものは試して判断できますが、戻せないものは一度きりの判断になります。 この軸だけは、金額と関係なく慎重側に置きます。
4軸を通すと、止める候補が数本に絞られます。全部を止める必要はありません。 並べた結果として「止められないことが分かった」も成果です。 止められない理由が書かれていれば、次に増やす議論のときに、 その費用を前提として置ける状態になります。
明細は通帳とクレジットカードから拾う
棚卸しを社内の申請台帳から始めると、抜けます。 台帳に載るのは申請されたものだけで、 現場が自分の判断で契約したものや、試用のまま課金が続いているものは載りません。 通帳の引き落としと法人カードの明細から拾うほうが、漏れが少ないです。
拾うときの3つの注意点
- 請求元の名前ではなく、どの業務のために払っているかで並べ替える。ベンダー名順に並べると、機能が重なっている2本が表の離れた場所に来るので、 二重契約が見えません。「見積を出すため」「請求書を送るため」 「顧客情報を持つため」のように業務名で並べると、同じ行に2本来ます。
- 担当者が退職して引き継がれた契約を印を付けて分ける。なぜ入れたかを説明できる人が社内にいない契約は、 止められないもの(④)として扱われがちですが、 実際には使われていないもの(①)である可能性が高い枠です。 引き継ぎ時に「触らない」と決めたまま数年たっている例があります。
- 年払いを見落とさない。月次の明細だけを見ると、年1回だけ落ちるものが視界から外れます。 12か月分の明細をまとめて見るか、決算の勘定科目内訳から突き合わせてください。 年払いは金額が大きく、更新月が固定されているぶん判断もしやすい枠です。
この作業は、担当者に依頼するより経営側で1度だけ通したほうが早く終わります。 担当者に頼むと、自分が申請したものを止める提案をすることになるので、 判断が止まりやすいためです。並べる作業だけを依頼し、 止めるかどうかの判断は経営側で持つ、という分け方が現実的です。
止めて空いた枠は、すぐ埋めない
止めた分をそのまま次のツールに回すと、数年後に同じ棚卸しをすることになります。 空いた枠を何に当てるかは、この記事の範囲外ですが、 順番だけ書いておくと、先に来るのは③の人が張り付いて維持している運用です。 ここは請求書に出てこないぶん、投資の効果が金額として見えやすい枠です。
効果をどう測るかは「業務改善の費用対効果、どう測る?」、AIを対象にした場合の測定軸は「AI ROIとは?計算式と3つの測定軸」で扱いました。配分そのものは「中小企業のIT投資、どこにいくら使うべき?」に渡します。
棚卸しは1度やって終わりにならない作業です。 ただ、1度通しておくと、次からは前回の表に差分を足すだけになります。 更新月と、④に書いた依存の中身が残っていれば、 2回目以降は判断だけを見直す形で済みます。
出典
- 中小企業庁「2026年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」(PDF):p.21 図1「AI活用の状況と活用に当たっての課題」。図1(1) AI活用の状況(全体 n=5,645/取り組んだ30.3%、取り組んでいない69.7%)、図1(2) AIを活用していない理由(n=3,888、複数回答/活用する業務がイメージできていない63.4%、活用を推進する人材が不足している40.0%、社内ルール・ガイドラインが整備されていない26.2%、セキュリティ・情報漏えいへの不安がある14.5%、必要な予算を確保できない13.8%)。原資料は(株)帝国データバンク「令和7年度 中小企業の経営課題と事業活動に関する調査」
※ 引用した図1(2) はAI活用についての設問であり、 IT投資全般やIT費用の内訳を調べた調査結果ではありません。 複数回答の設問のため、割合の合計は100%になりません。 調査時点・対象・設問の定義によって当てはまり方が変わります。 本記事の4種類の分け方と4つの軸は、公開資料と相談の現場で見た傾向をもとにした 一般的な整理であり、統計的に検証された区分ではありません。
よくある質問
IT費用は売上の何パーセントが適正ですか?
比率の相場を先に置くと、いまの内訳が妥当かどうかは判断できません。相場に対して低ければ増やす、高ければ削る、という結論しか出ないためです。先に決まるのは、いま毎月出ている金額の合計と、その内訳がどの業務のために払われているかです。合計と内訳が出れば、増やす判断も削る判断も同じ表の上でできます。比率は、その表ができたあとに参考値として見るものです。
使われていないライセンスはどうやって見つけますか?
契約している数と、直近で実際に使った人の数を並べて数えます。多くのツールは管理画面で最終ログイン日が見えるので、そこから直近90日の利用者を数えるのが早い方法です。差が出やすいのは、退職者の分が残っているケースと、部署異動で使わなくなった分が残っているケースです。数を数えるまでは「たぶん全員使っている」という前提が社内に残るので、印象ではなく数字で並べてください。
止めると業務が止まるものはどう扱いますか?
止めません。ただし、そのまま「聖域」にすると翌年も同じ状態で棚卸しが終わるので、依存の中身を書き出します。誰が毎日使っているか、どのデータがそこにしか入っていないか、代替がないのは機能の問題か手間の問題か。この3点を書くと、いまは止められないが来年は候補になるもの、と、構造的に止められないものが分かれます。書き出しておけば、次の棚卸しは前回の続きから始められます。
記事で引用している調査はIT投資全般の調査ですか?
いいえ。引用しているのは中小企業庁「2026年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」p.21 図1(2)「AIを活用していない理由」(n=3,888、複数回答)で、AI活用についての設問です。IT投資全般や、IT費用の内訳を調べた調査ではありません。この記事では、手が止まっている理由の並び順として引用しています。予算を確保できないが13.8%で上位5つのうち最も低く、活用する業務がイメージできていないが63.4%で最も高いという並びです。
泉 款太(いずみ かんた)
株式会社SalesDock 代表取締役
慶應義塾大学法学部卒。スタートアップ、ラクスル、リクルート(SUUMO)を経て2025年に独立。 中小企業の経営・営業・業務・データをつなぐ事業基盤の設計と実装を支援。 不動産・製造業・クリニックを中心に30社以上の業務改善に携わる。
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